無機的で静的な鉱物は、有機的で動的な生物とはまったく別物に見えます。ですから、人間を含め生物は石(鉱物)からできている、と言うのはどだい無理があると思われるでしょう。しかし、かつて地球は鉱物のかけら(小惑星)から生まれ、生物はその地球から生まれたわけですから、鉱物が生物を生んだともいえるわけで、両者に深い関係があっても不思議ではありません。そこで、まず生物の体をつくる材料としての鉱物を見てみましょう。
水(水素と酸素)は生物の体重の大半を占める重要な物質です。雨は空から降ってきますが、上空では雪の結晶(天然の氷)であり、これはれっきとした天然の鉱物です(鉱物図鑑にも載っています)。また、有機物に必須の炭素は、ダイアモンド(ダイヤモンドは誤り)や黒鉛(石墨)に代表されるように、鉱物由来です。さらにタンパク質の重要な材料である窒素は大気中に多く存在していますが、もともとは隕石中に窒素鉱物として含まれていたものです。
骨や毛髪に含まれるリンや硫黄は、リン酸塩鉱物や硫化鉱物として鉱物界ではごくありふれたものとして大量に存在します。人体の細胞外液の主な電解質であるナトリウムと塩素(食塩)は、内耳では外リンパ液に含まれますが、その鉱物は岩塩(鉱物名はハライト)として、フランスなどの地下に大量に存在します。
一方、細胞内液の主要な電解質であるカリウムは、内耳では内リンパ液に含まれますが、カリ長石やカリ岩塩(シルビン)という鉱物に含まれます。カルシウムやマグネシウムは石灰岩や苦灰岩(苦とは苦みがあるマグネシウムのこと)に含まれています。
鉄はヘモグロビンの重要な成分ですが、鉄鉱石や隕石に含まれていますし、地球の中心は鉄の塊となっています。ちなみに人間は体の中には約5gの鉄が溶け込んでいます。5g×60億人だと30万トンにもなります。結構な量です。
亜鉛、銅、マンガン、ニッケル、コバルト、ホウ素 、フッ素、バナジウム、クロム、ヒ素、セレン、モリブデン、ヨウ素などは生物にとって多すぎるとむしろ毒となる元素ですが、それぞれが主成分となる鉱物がちゃんとあります(閃亜鉛鉱、斑銅鉱、閃マンガン鉱、紅砒ニッケル鉱、輝コバルト鉱、ホウ砂、蛍石、バナジン鉛鉱、クロム鉄鉱、硫砒鉄鉱、硫セレン銀鉱、モリブデン鉛鉱、ヨウ化銀鉱)。
亜鉛のサプリメントやバナジウムを含んだミネラルウォーターが売られてるのはご存じの通りです。亜鉛は海にいるカキにたくさん含まれ、バナジウムはホヤに大量に含まれています。有毒にもかかわらず植物ではなぜか鉛やヒ素などの土壌汚染がひどい場所に好んで生えるものがあり、鉱床や鉱脈を見つける手がかりになります。
アルミニウムやケイ素は鉱物界ではありふれた元素ですが、生物界ではあまり利用されていません。私達の主食である稲にはオパール化した珪素がわずかに含まれており(オパールCTと呼ばれています)、ほぼ私達は毎日オパールを食べていることになります。次に、生物が鉱物をつくる場合を考えてみましょう。
人体にも鉱物を生む力が備わっています。石といえば、胆石や腎結石などの結石がまず思い浮かびます。耳鼻科領域では唾石や扁桃結石ができます。石に近い硬いものとして骨や歯がありますが、それらはリン酸アパタイト(炭酸燐灰石)という鉱物と有機物のコラーゲンが緻密に絡み合ったものです。内耳では耳石が重力を感じるセンサーの上に乗っていて、これを顕微鏡で見るときれいな鉱物結晶が観察できます。動物は総じてカルシウムを、植物は珪素を骨格の主な材料として利用しています。
生物が死後に長い年月をかけて鉱物や岩石と化す場合は幾らでもあります。放散虫はチャートに、サンゴや有孔虫は石灰岩に、ケイ藻は珪藻土に、樹木は石炭に(正確には結晶化していないので鉱物とはいえませんが)、鳥の糞が燐灰石に、貝殻があられ石や方解石に、葦の根っこが褐鉄鉱に、という具合です。
石油は生物の遺骸由来とされていますが、液体なので鉱物ではありません。しかし、石油を閉じこめた水晶という珍品があります。また、アメリカのニューヨーク州では、”ハーキマーダイヤモンド”と呼ばれる非常に光輝の強い水晶を産します。これも黒っぽいタール状の有機物を伴っていますので、水晶といえどもなにか生物との関わりを感じさせます。
さて、鉱物は無機物とほぼ相場が決まっていますが、例外があるのが世の常です。有機鉱物と呼ばれる一群の鉱物があり、その中には生物由来と考えられているものがあります。その1つ、炭化水素系のカルパチア石(化学名コロネン)は、きれいなレモン黄色の結晶をしていて鉱物らしい見栄えですが、立派な有機物の仲間です。
砂糖は氷砂糖にみられる様に目でみてわかる程の結晶をしていますが、これは人工の結晶なので、鉱物とはいえません。しかし、銅の鉱山中にできる胆礬(硫酸銅の自然結晶)は鉱物とみなされています。もしサトウキビ畑が干ばつで枯れて、その中の砂糖分が天日で結晶化したら、砂糖も有機鉱物の仲間入りを果たすことになります。
このように考えますと、生物を構成している物質(元素)は絶えず生物界と鉱物界を行ったり来たりしているように思えます。地球の地殻はできてから何回も更新されているので、うんと長い目でみると、例えば火山から出てきた硫黄の一部は、恐竜の爪に含まれていたケラチンタンパクのS-S結合を構成していた硫黄だったかもしれません。またサプリメントで飲んだビタミンB12(メコバラミン)の中のコバルト分の一部は、奈良の大仏の銅鉱石を産出した長登鉱山の輝コバルト鉱由来だったかもしれない、というわけです。
今やペットの遺灰をダイアモンドに変えるサービスもあるくらいです。人間の出したゴミの堆積が人類滅亡後に地下に埋もれて、地球的タイムスケールの後で本当の”都市鉱山”に変わるかも知れません。そこに生じているであろう鉱物の結晶を天然と呼ぶか、人工と呼ぶか、悩ましいところです…。
2024年1月22日追記: 昨日、国立科学博物館の松原聰先生の講演を聴く機会がありました。その中で昨年発見された日本産新鉱物「北海道石」の話題がありました。この話はニュースにもなっていたのでご記憶の方もあるかと思います。この鉱物も炭化水素系の有機鉱物であり、カルパチア石の兄弟ともいえるもので、カルパチア石が紫外線で青く蛍光するのと同様に、やはり紫外線で黄緑色に強く蛍光する特徴があります。化学名はベンゾ[ghi]ペリレンで、カルパチア石のベンゼン環が1つ少ないC22H12の化学式を持っています。
北海道石は北海道の温泉地帯で過去に層状に沈殿した珪華(オパール)に含まれていて、カルパチア石の前駆体と考えられています。地中の温泉水(熱水)が生物起源の有機物を含む地層を通る際に、有機物を溶かし込んで地表で微細な結晶としてオパールと一緒に析出したものとのことです。地中の有機物といえば石油や石炭を思い浮かびますが、現在でも地中で石油ができる仕組みは解明されておらず、このような有機鉱物の成り立ちを研究することで、その一端が明らかになるのではと期待されています。先に述べた石油を閉じこめた水晶も紫外線をあてると中の石油が黄緑色に光るので、これら有機鉱物との因縁を私も感じずにはいられません…。