左右と耳鼻科

耳鼻閑話 (じびかんわ)

このページは、様々な話題を真偽の程はさておいて、耳鼻科にむりやり結びつけて当院長が気の向くままに書き留めたものです。
気楽な読み物として楽しんでいただけたらと思います。

左右と耳鼻科

いやがる子供たちを治療しているとしばしば目にとまることがあります。子供が顔を背ける場合、ほとんどの子供たちはなぜか左に顔を背けようとします。人間の体は外見上左右対称なので、顔を左に背ける場合と右に背ける場合は五分五分になるはずですが、なぜかそうならないのです。いやがる子供をよく注意して観察していると、顔だけではなくて肩や胸ごと左に向こうとします。子供の肩や胸は一緒に診察椅子に座っているお母さんに押さえられているため、せめて顔だけでも左に背けようとするのです。不思議なことです。

これとは逆にほぼ常に顔や体の左側を相手に向ける動作があります。それは弓を射る動作です。星座の射手座の絵からもわかるとおり、古今東西アフリカから南米に至るまで、弓を持つ手は左手(弓手)、弦を引く手は右(妻手)と決まっています。攻撃を仕掛ける時は左胸を張って威嚇し、怯んだり防御の姿勢をとる時は心臓を守ろうと本能的に左胸を引っ込める、
とも考えられます。心臓の位置が弓を射る動作におそらく影響したのでしょう。子供がいやがる時に顔を背ける方向と関係があるかもしれません。

ヒトの体は一見左右対称に見えますが、内部の作りが左右対称になっていない例が心臓以外にも多々知られています。心臓は左についていますが心臓そのものも左右非対称です。それに繋がる大血管も左右非対称になっています。大動脈も体の中心軸から左に寄っていますし、食道や胃も左側に寄っています。右肺と左肺は形が違いますし、2つの主気管支も左右では傾きが違っています。脳は形としては左右ほぼ対称ですが、右脳左脳という言葉がある通り、機能的には左右非対称です。

左右の声帯を動かす神経(反回神経)は頭の中から出て首を通ってのど仏まで降りてきます。
右側の神経はそのまま右声帯に繋がるのに対して、左側の神経はのど仏を通り過ぎて一旦胸の中まで降り、さらに大動脈の下をくぐってから、再び首までもどってきてから左声帯に繋がる、というややこしい経路をたどります。

声帯を動かす神経が片方でも麻痺すると声がれが起きるのですが、風邪かなと思っていた軽い声がれの原因が、破裂寸前の大動脈瘤だったということもあります。経路が長い分、声帯の麻痺は右より左が多いことになります。左側の声帯が動いていない場合は、胸のレントゲン写真や胸部CT、MRIを撮る必要があります。

さて、バイノーラルビートという知覚現象があります。理科で習う”うなり”という物理的な現象に似た知覚現象です。物理的な”うなり”は、わずかに周波数の違う2つの音(純音)を同時に聴くと、周波数の差に応じた周期の強弱が聴こえるというものです。あたかも1つの音がその周期で振動している様に感じます。”うなり”は純粋に音波の物理的な干渉現象で、数式と
して表すことができるものです。ですから、両耳で聴いても片耳だけで聴いても同じ”うなり”が聴き取れます。

一方、2つの音を左右に振り分けて、同時にイヤホンで聴いたらどうなるでしょうか。左右別々に音が出ているので、音漏れしない限り音波の物理的な干渉は起こりえません。それでも”うなり”ははっきり聴き取れるのです。左右の耳からの音の情報は、音の立体感や音源への注意集中のために脳内で合成されます。それが”脳内うなり”を知覚する理由です。ただし、
音波の山谷に対する聴神経の追従性は、ヒトの可聴周波数の上限20000Hzからするとあまり高くない(最高1000Hz程度)ので、バイノーラルビートが聞こえる2つの音の周波数には上限があります。

では耳の機能に左右差はあるのでしょうか? 脳には左脳と右脳があって、言語中枢は左脳にあることが大半です。だからといって左耳から言葉を聞いたほうが右耳で聴くより話し言葉をより良く理解できるというわけではありません。音の情報は脳内で何回か左右を行ったり来たりするので、どちらの耳から入った言葉でも、言語中枢さえ傷んでいなけれは同じ様に聴き取れるのです。

鼻にも左右の機能に差はないと思われますが、ネーザルサイクルと言って、ある時間には右の鼻が良く通り、別の時間には左の鼻が良く通るという風に、数時間の周期で良く通る側が交互に入れ替わる現象があります。鼻粘膜は冷気や乾燥に弱いため、適度に休ませて過度の冷却や乾燥を避ける意味があるのでしょう。

鼻の真ん中の骨と軟骨と粘膜でできたしきり(鼻中隔)は誰でも多少は左右どちらかに曲がっていることが多く、これが行き過ぎると鼻づまりや蓄膿の原因になります。ヒトの脳が進化で大きくなった代償として、鼻が前へ突出するとともに鼻中隔が上下に押しつぶされた結果と考えられています。ヒトでは鼻中隔は右より左に曲がっていることが多いとされていますが、その理由は謎のままです。

ちなみに院長は元々左利きですが、右手に矯正されたので筆記具や箸は右手で持ちます。
メスやハサミ、縫合針をつまむ器具などは左手で持つことが多いですが、右手で持つこともあります。耳を覗く器具やピンセット、舌を押さえるヘラやのどに刺さった骨を抜く器具などは、左手右手のどちらでも使えます。便利といえば便利です。でも、日常生活では左と右をよく言い間違えます。患者さんの右は私から見て左側になるので、左側を右と言ってしまうのです。
患者さんの左右を絶対に間違えないようにと意識し続けた結果です。一種の職業病ですね…。